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2011/08/10

西洋の噴水・日本のしし脅し


水の文化は世界の各国でそれぞれに育まれてきた。
西洋と日本の二点で対比することではないが、一つの面白い見方ができる。

西洋は水を溜める。
日本は水を流す。

その違いが形として表れているのが噴水と、しし脅しではないだろうか?

ローマ時代の水道敷設の途中で水を溜め、
吹き上げる噴水と見事な彫刻を施した噴水広場は都市の形成になくてはならないものにまでに完成された。
それらの遺産を今でもヨーロッパの街角に多く見ることができる。

一方日本では水は溜めるより、流れるもので、
流れの途中で趣を凝らすことを考えた。
その一つのしし脅しは当初、田畑を横切って流れる小川に作物の害虫や鳥獣を脅かして遠ざけるために仕掛けられたものであったが、
その後日本庭園や風流好みの邸宅にも施されるようになった。

しし脅しが日本文化の象徴的なものにまで発展してきた理由には時と間と音の微妙なバランスが日本人の深層にあるはかなさ、
もののあわれに響いたのではないだろうか。

水が流れて竹筒に少しずつ溜まる、
もうこらえきれなくなる緊張から一気に水が放出され、
乾いた音が静かな空間を切り裂く。
この緊張と解放の繰り返しがむなしく流れていく時を動的に感じさせる見事な演出方法である。

時には音はないが、その音を聞きたいと、
まだかまだかと待っている間(ま)の面白さがなんともいい。